近畿学校保健学会

AND OR   大文字と小文字を区別する  
ホーム
学会の目的・活動内容
会則/最新の学会通信

new

年次学会について

new

研修セミナー
入会ご希望の方へ
役員名簿
過去発表資料(表題検索)
近畿学校保健学会奨励賞
学会通信(PDF検索)
50周年記念誌(表題検索)
お問い合わせ


Powered by
kobe-u.com
 
 近畿学校保健学会へのそのときどきの想い 第 III 期
 

■特集■大震災と学枝―被災地からのレポート―
(2)恐怖と無カ感の中で

兵庫県教育委員会 体育保健課 大橋郁代


1 はじめに
突然、阪神・淡路を襲った震度7の地震がどんなものであったのか。書物や映像では既に伝えられたとおりであるが、被災地における私的個人情報を先ず述べてみたい。教育行政に携わる身であるが、その前に1人の被災者としての体験談を読んで頂きたい。次に兵庫県の被害状況を報告し、震災時において学校教育が負うべき役割は何なのか、私の今後における課題解決の糸口を教えて頂けたら幸いだと思う。

2 阪神・淡路大震災と私
ガッチャン、ガッチャン、ガッチャン、自分白身がガラスケースの中にいて揺さぶられているような錯覚に陥り、何が何だか訳が判らないが、とんでも無いことが起こったのではないかという恐怖で眠りからゆり起こされた1月17目であった。

真暗闇の中、大声で我が子の名を叫んだ。返事がない。その一瞬、頭の中がまっ白になり意識を失ったような気がした。「どうしよう」「死んでしまっていたらどうしよう」とただおろおろするばかり で何もできない。気を取り直して早く助けなくてはとあせるが、暗闇で何も見えない。いつも'の場所に置いたはずの、懐中電灯を探し求めたが、いつもの場所がいつもの場所で無くなってしまって、探す術もない。手探りで、無我夢中に子どもの部屋へたどり着き、再度、名を呼んだ。「動かれへん、助けて」「ここ、ここ」という声を聞いて安心したのも束の問、暗闇の中で手探りで触った箪笥を持ち上げて助けようとするが、ビクともしない。夫が助けに来てくれて、やっとの思いで家族4人が揃って、外に出た。とにかく安全な所まで逃げることが精一杯であった。

避難する途中「助けて」という多くの叫び声を聞いたが、どこをどのようにしたらよいのかまるで判らない。後で気付いたが、玄関のドアが開かなかったらしい。親子がお互いに安否を確認出来なかったのは、ほんの僅かな時間であったと思うが、子どもは身動き出来ない状態で親の呼び声が聞こえなくなったので、親は死んだと思ったという大変な恐怖の時間であった。以後、1ヶ月ほどは、親子が団子のようにくっつきまわって生活をしていないと、不安で仕方がない毎日であった。'電気や通信網が絶たれ、頼るのは車のラジオと携帯ラジオの情報のみであった。

その日は、夜が明けるまで茫然としていて、気が付くと午前9時ごろであった。取りあえず職場に電話を入れなければと白宅に戻って何度もかけるが、かからない。仕方なく連絡することをあきらめた。当日は近くの幼稚園に避難した。その後、私は、交通手段が絶たれていることを理由に、1週間ほど出勤しなかった。2日目から、ライフラインが正常な場所に避難した。この1週間の間に、災害の大きさを実感し、命があったことが不思議であると思うばかりで仕事への意欲等まるで失っていた。

公務員としての使命感等まるでなかった、 後日、被害のひどかった地域の学校訪問をした時に、校長先生から聞いた話では、先生方がわが身のことはさておき・先ずは自分の勤務校に駆けつけられたことを知り、子どもたちを思う教師の神髄を見た気がした。それに、引換えわが身を恥じたものだ。震災後、1週間ほどして電車やバスと徒歩で3〜4時間かけて、伊丹の自宅から神戸市中央区にある県庁まで通勤をした。新神戸駅から、県庁まで平常であれば徒歩20分程度のところ40分位かかる。それも、日によって、通行出来る道が異なる上に、ちぎれた電線が垂れ下がり倒れかかったビルの間の、隆起や陥没した道路を歩くことは危険で困難を要した。やっとの思いで県庁に到着すると、きょうも無事に着くことができたとほっとしたものである。
しかし、やっとの思いで出勤しても、壊れて歪んだ建物の中で、余震に襲われながらの勤務はとても平常心ではできない状態であった。

タ方5時になると、辺りは真っ暗闇で、ネオンの消えた街はゴーストタウンと化するのである。震災による停電のため、外灯はつかないので人々は、ただ黙々と下を向いて家路を急ぐのである。開通している電車はリュックを背負ったひとたちで超満員、ホームは長蛇の列であった。
庁内のライフラインであるが、水は井戸水がポンプアップされていて、水洗トイレは平常どおりの、利用が可能であったけれども、飲料水は1階の道路にある水道の蛇□までベットボトルを持って男性職員が汲みに降りて確保してくれていた。弁当と水筒を持参する日が続いた。3〜4時間の通勤道中はトイレに行かなくても良いように、水分制限をした。
平常な勤務ができるようになったのは、新年度になってからであった。

職員間でも被害の程度は、一律ではないので被害が少なかった人は、仕事の負担が重かったと思う。
学校が再開されていないことと、自分自身が生活に迫われていることで、学校保健の立揚で、いま考えなければならないことが何であるのか考えることができなかった。
通勤の道中あちこちに、花が置かれ線香が手向けられていた。毎日こんな中を通勤している訳であるが、そういった光景を見るとつい涙が溢れてしまうのである。
新聞記事を読みながら涙、テレビが報じる震災放送を見ては涙の日々であった。
このような、環境下に我が身を置き、何をなすべきだったのか考えてみたい。

3
 阪神・淡路大震災による兵庫県の被害状況
災害救助法指定市町数は10市10町。
震源地は淡路であるが、県庁所在地である神戸市を中心に、阪神地区といわれる都市が大被害を受けた。平成7年4月14日現在、死者は5,480名、家屋被害200,162棟(表1)である。ピーク時の避難者人数は316,678名とされている。(1月23日現在)
また、公立学校園の園児・児童生徒の死者は295人(表2)であり、公立学校園において、父母、保護者、家族を失った児竜生徒数は表3のとおりである。学校の建物の被害は表4のとおりである。


4
 緊急避難場所としての学校の活用状況
震災後の新年度を迎えた4月24日の非難箇所及び避難者人数は表5のとおりである。
公立学校の避難所は、全避難所の35%であり受け入れている人数は、全体の60%であった。
学校が避難所として活用されていることのために、授業に影響があったのは表6のとおりである。

5
 救護所として活用の保健室の実態
兵庫県では平成6年12月末に、小学校と中学校における保健室の実態について色々な方面から調査を実施していた。
その調査結果から、保健室の位置についてみると、管理棟にある学校が73%、教室棟にある学校が17%である。保健室の広さについてみると、1教室以上というものが53%、1教室以下というものが47%である。設備面では、ガスがないところが22%、水道がないところが2%。暖房器具の設置は98%、冷房器具の設置は56%である。緊急連絡用外線の設置率は24%である。休養のためのベッドの数は1000人規模の学校で5台というのが約半数、1000人に1台という学校が7%ある。男女別とか、個人のプライバシーが守れるような間仕切りやカーテンがない学校が31%ある。消毒器具の設置状況であるが、煮沸または乾熱用器具を設置していない学校が17%ある。
また、児童生徒用の保健関係消耗品の1年間購入予算額であるが、1人につき400円以下という学校が85%をしめている。1000人規模の学校で400,000円以下ということになる。半数位の学校が年間50,000〜200,000円と回答している。
このたびの震災では、保健室が避難所の救護室になったところが多かった。しかし、上記の実態から見ても判るように、物質的には、何の備えもできていない。
また、学校に医薬品等を備蓄する計画が持ち上がっているところもあるようだが、誰がどのように保管・管理していくのか。

6
 養護教諭の役割
このたびの震災時に避難所となった学校で、校長先生が停電によりマイクが使用できない中で、最初に大声を張り上げて叫んで回られたのが「お医者さんはいらっしゃいませんか、看護婦さんはいらっしゃいませんか」ということだったそうです。学校に遺体が運ばれ、重症の患者が運ばれてきたということです。
このような震災が学校の授業中におこったとき、医者や看護婦の役目を、校長先生や地域の人たちは養護教論に求めないだろうか。
養護教諭に対する文部省の見解は、養護教諭は養護教諭の免許状をもっておればよい訳であって看護婦免許は課せていないということであり、教育現場では、教育の場に医療行為を持ち込むなという指導がされている現状とのギャップをどのようにうめたらよいのか。

7
 まとめ
防災、危機管理といった会議が県であるいは国でもたれている。
今後も、学校が避難所としての機能をもたされるのであれば、学校保健という観点から色々検討をしていかなければならない。また、現行の保健室の実態であれば、とても救護所の機能は果たせない。また、現在の養護教諭に救護所の要員としての役目は課せられない。

今後どのような方向づけがされようとしているのか判らないが、日本全国、いつ、どこで災害が起きても、全員が共通理解の基で速やかに対応できるよう心掛けたいと思う。失われた多くの尊い命を、盗駄にしてはならないと思う。

―平成7年10月20日学校保健研究 37(4)1995より転載―

近畿学校保健学会のホームへ
近畿学校保健学会事務所
〒582-0026 大阪府柏原市旭ヶ丘3-11-1関西福祉科学大学 大川研究室
2004 © 近畿学校保健学会 All rights reserved.